
被相続人に有効な遺言があれば、原則としてその通りに遺産を分ける必要があり、遺産分割の問題は生じません(但し、遺留分の問題は生じ得ます)。
遺言がない場合は、相続人の間で遺産分割協議(話し合い)を行うことになり、話し合いでまとまれば、遺産分割協議書を作成し、その内容に応じて遺産の帰属先が決まります。遺産分割協議書により、不動産の登記名義の変更等も可能になります。
話し合いがまとまらなければ、相続人が他の相続人を相手方として、家庭裁判所に遺産分割調停を申立て、その手続の中で、裁判官や調停委員の意見を聞きながら話し合いを続けることになります。調停でもまとまらない場合には、審判手続に移行し、最終的に裁判官が決めることになります。
(事例1)
父親が亡くなった後、長男である兄から「父親が、全ての財産を長男に相続させるという内容の遺言書を書いているので、お前には相続する財産はない」と言われました。本当に一銭も受け取ることはできないのでしょうか。
遺言とは、自分が死亡した後に備えて、財産・身分等に関する事項について、遺言者の最終的な意思を表したものをいいます。
上記事例のように、父親が自分が亡くなった場合に備えて、予め遺言書を作成し、財産の相続方法についての意思を表していると、父親(被相続人といいます)の死亡時の財産(遺産といいます)は、父親の意思を尊重し、原則として遺言の内容どおりに分けなくてはなりません。
では、本件のように、全ての財産を長男に相続させるという遺言が見つかった場合、他の兄弟姉妹は何も言えないのでしょうか。
遺言には、数種類の方式がありますが、いずれも法律上厳格に作成のルールが定められており、ルールに反して作成された遺言は無効になります。
例えば、最も一般的な自筆証書遺言(遺言者が自筆で作成した遺言)では、作成者が、自ら遺言の内容・作成日付・氏名を手書きし、捺印しなければならないというルールがあり、これに反して、遺言書の中に遺言者の筆跡と異なる箇所やワープロで作成した箇所が一部でもあれば、それだけで遺言全体が無効になります。
自筆証書遺言の場合、実際に遺言者が亡くなり、遺言の内容を執行するためには、家庭裁判所における「検認」という手続が必要です。検認とは、相続人が家庭裁判所に遺言書を提出し、すべての相続人を呼び出して、その立ち会いの下、遺言書を開封して内容を確認するという手続で、この段階で遺言が適法に作成されているかをチェックすることができます。
遺言が無効であれば、法定相続分(遺言がない場合に備えて法律で定められた各相続人の取り分)に応じて、各相続人が遺産を相続することになります。本事例では、仮に母親が既に死亡しており、父親の子が長男・長女・二男の3人であるとすると、それぞれの相続分は3分の1ずつとなります。
仮に、遺言が有効だとしても、法律上遺留分という制度があり、本件でも長男以外の相続人は一定の財産を相続することができます。
遺留分とは、遺言によっても奪うことができない、いわば各相続人の最低限の取り分であり、本事例で前記の相続人構成を前提にすると、長女・二男は法定相続分の2分の1である各6分の1を遺留分として主張できます。
本件では父親の遺言が長女・二男の遺留分を侵害するものであるので、遺言が有効であることを前提にしても、長女・二男は長男に対し、それぞれ遺産の6分の1を自分に返せと請求することができるのです(これを遺留分減殺請求権といいます)。
(事例2)
子供のうち、世話になった長女に可能な限り多くの財産を相続させたいのですが、どのような方法をとればよいですか。
事例1でも述べたとおり、自分が亡くなった場合の財産の分け方を予め指定しておくには、遺言が有効な手段となります。
遺言の方式としては、前述した自筆証書遺言では、形式が厳格に定められておりこれに万が一反すると遺言自体が無効になるおそれがあること、保管の方法によっては、関係者に改ざんされたり、逆に死後に発見してもらえないおそれも生ずることなどから、公正証書遺言という方式をお勧めします。公正証書遺言とは、公正証書(公的な文書)として公証人に作成してもらう遺言で、若干の費用がかかるものの、遺言の原本を公証役場で保管してもらえるため、紛失や改ざんのおそれはなく安全です。
また、遺言はいつでも撤回できますので、自分が死亡するまでに気が変われば、何度でも撤回して書き直すことができます。
以上のように、相続人のうち一部の者に財産を相続させるには遺言が有効ですが、事例1で述べたとおり、遺留分の問題は避けられません。もちろん、長女以外の相続人が遺言に納得し、遺言通り長女に全ての財産を相続させることに異議を唱えなければ問題はないのですが、遺留分とは遺言でも奪うことができない最低限度の取り分ですので、仮に子供が3人いる(配偶者なし)として、長女以外の子供が遺言に納得せず、遺留分を主張すれば、最低限遺産の6分の1は確保できるということになります。遺産(死亡時の財産)の範囲を縮小するために、生前から長女に予め財産を贈与しておくことも考えられますが、遺留分の基礎となる財産の範囲を定めるにあたっては、死亡前1年以内の贈与はすべて、1年以前のものでも当事者双方が遺留分権利者(他の兄弟)に損害を与えることを知ってなした贈与はすべて戻されてしまうので、根本的な解決にはなりません。
長女以外の兄弟が遺言に納得せず、あくまでも遺留分を主張してきたら、これを奪うことはできませんが、例外的に、長女以外の兄弟に被相続人(親)に対する虐待・重大な侮辱・その他著しい非行があったような場合には、家庭裁判所に相続人から廃除することを請求することができます(遺言でもできます)。これが認められると、一定の相続人の遺留分を奪うことができますが、好き嫌いのみの理由で廃除請求することはできず、あくまでも虐待などの法定の事由がある場合に限られます。
(事例3)
私は中小企業のオーナー社長ですが、自分が死んだ後に会社がどうなるのか心配です。できれば専務である長男にスムーズに会社を継がせたいのですが、他の兄弟(長女・二男)と仲が悪く、会社がバラバラにならないか不安です。妻は既に他界しており、相続人は3人の子供のみですが、事業をうまく承継させ、かつ長男以外の子供に不満を抱かせないためにはどのような方法がありますか。
経営者が高齢化している場合、本件のような事業承継の問題は切実ですが、何らの対策もしておかないと、経営者が死亡した場合、その遺産は相続人である3人の子に法定相続分に応じて承継されてしまうので、問題が生じます。
例えば、会社の株式は3人の子が3分の1ずつ相続(共有)することになるため、長男以外の子2名が反対すれば、長男は社長に就任できないし、会社の基本的な事項が何一つ決められないということになります。また、会社の事業用資産(事務所の土地・建物など)が経営者の個人所有であるような場合、経営者が亡くなれば、3人の子の共有になってしまうので、例えば二男の債権者が共有持分を差し押さえたり、共有物の分割請求がなされて会社の運営に支障をきたすなど不測の事態が発生する危険があります。
まず、上記のような不測の事態を避けるために、株式や事業用の財産を、予め長男に贈与しておくという方法があります。もちろん、贈与する財産の価値によっては贈与税がかかりますし、先に述べた遺留分の問題も生じますので万能ではありませんが、迅速に行うことができ、また生前から行うことにより長男への承継をいわば既成事実化できるため、対策としては優れています。また、近時施行された経営承継円滑化法では、一定の要件を満たせば生前贈与株式が遺留分の対象から除外できることになり(民法の特例)、中小企業における事業承継の円滑化に配慮されたものとなっています。
次に、遺留分の問題をクリアする方法として、株式や事業用財産を長男に売却することが考えられます。もちろん、長男は売買代金を支払わなければならない、不動産であれば取得税がかかるなどのデメリットはありますが、売買は遺留分減殺の対象にならないことから、株式の評価が低い場合などは、迅速性・法的安定性の観点から最も優れた方法といえるでしょう。
次に、長男に会社の株式・事業用財産をすべて相続させるとの遺言を作成するという方法が考えられます。
遺言は、株式・事業用財産以外にも預貯金などの財産があり、これらを長男以外の子に承継させることにより紛争を防止できる場合には有効な手段となりますが、株式・事業用財産が唯一の財産であるような場合には、遺留分の問題が生じます。このような場合には、生命保険金を活用するなどして、後継者以外の子供に不満が生じないようにする必要があります。
また、遺言を作成するにあたっては、遺産全部を具体的・正確に表示し、遺産の指定漏れを防ぐ必要があるので、細心の注意を払わなければなりません。
(事例4)
相続人間で、なかなか遺産分割協議がまとまらないまま、相続税の納付期限が迫っています。各相続人には手持ちの資金がなく、相続財産から納税するしかないのですが、どうすればよいですか。
一定以上の遺産がある場合、相続人全員に連帯して相続税の納税義務が発生し、相続開始から10か月以内に相続税を納付できないと、少なくない延滞金が発生してしまいます。
遺産の中にある程度の預貯金がある場合、これを払い戻して相続税の支払いに充てられるとよいのですが、相続人全員の同意がなければ金融機関は払戻に応じないため、遺産分割協議で対立していると事実上全員の同意書の取付は難しく、納税できないという事態が生じます。
相続税の納付義務は相続人の連帯責任であり、その限度では相続人間で利害が一致していることから、相続人間で話し合い、可能な限り、相続税の納付期限までに遺産分割協議を成立させることが望ましいといえます。
また、配偶者控除や、不動産評価に関する小規模宅地の特例などの相続税の軽減措置も、申告時までに遺産分割協議が調っていないと適用されません(後に協議が調った場合に、一定期間内に更正手続をとると還付を受けることはできますが、納付期限までに協議が調っていないと、ひとまずは控除前の金額を納めなければならず、相続人に手持ち資金がない場合には、やはり問題が生じます)。
それでも相続人間の対立が激しく、納付期限までに遺産分割協議が成立しないという場合には、相続税を納付できず、延滞金が発生することもやむを得ませんが、相続人間で、延滞金の発生を避けるために、遺産分割協議とは別に、ひとまず相続税の納付のために預貯金の一部を払い戻すことに同意し、後に遺産分割協議が調って清算関係が生じた場合には必要な清算を行うという内容の合意書を交わしておくことを検討してもよいでしょう。
遺産分割協議書とは、相続人間の協議により合意に至った場合に、遺産の分け方について相続人間で作成する書面をいい、その内容に応じて遺産の帰属先が決まります。遺産分割協議書は法律上作成を要求されているものではありませんが、後日の紛争を回避するために作成されるのが通常です。
不動産の相続登記申請には、遺産分割協議書を原因証書として添付する必要がありますので、相続人全員が実印を押した協議書を作成し、全員の印鑑登録証明書を準備することが必要となります。 金融機関の手続については、協議書に加えて別途各金融機関独自の形式の書面を要求されることも少なくありませんので、預金等の払戻にあたっては、個別に書式を取り寄せたうえで、相続人全員の署名・捺印(実印)と印鑑登録証明書を準備しなければなりません。
なお、相続人の中に何も相続しない人がいる場合、遺産分割協議や相続放棄の手続を経ずに直ちに他の相続人に不動産の所有名義を帰属させる方法として、特別受益を受けたので相続分はない旨記載した「相続分のないことの証明書」を作成し、実印を押して印鑑登録証明書を添付して登記申請の原因証書とする場合があります。